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読書記録:本谷有希子『嵐のピクニック』

2015年8月2日(日)

いよいよ始まりました

先日ご紹介しました筒井康隆『創作の極意と掟』で紹介されている本を読んでいこうという、このシリーズ()。

何年かかるか分かりませんが、ともあれ記念すべき第1冊目は…

1. 本谷有希子『嵐のピクニック』 講談社文庫、2015年5月(初版2012年6月、講談社)

       *   *   *

本谷氏初の短編小説集にして、第7回(2013年)大江健三郎賞受賞作。

短編(・中編)13作の巻末に大江氏が同賞の選評「『奇妙な味』は文学たりうるか――本谷有希子の冒険」を載せています。

それによると、大江氏は、本書をまず「楽しんで読んだ」のですが、

しかし、「際物とは思わない」ものの「奇妙な味」のコレクションであり、しばらくは友人たちとの話題に載せたとしても、やがて忘れられてしまう類いのものではないか…

むろん、これら諸作品を「文章を自覚的に習練して来た人の、上質なエンターテインメントだと認めている」けれども、はたして「純文学」としての「文学性を達成しているか?」…

と問うて三読し、「私はこれ〔上記の文学性…宗南注〕を否定できないと気付いた」と結論づけます。
なぜなら、

 「私にはこの短編をよくできた『奇妙な味』のモデル、として読み捨てることはできない。この小説同様に良い仕上がりの『奇妙な味』の短編が、発想と形式の見本帳というほどにも、繰り出される……しかし、それらを重ねて浮かび上がるのは、いちいちめずらしい作品に技をふるう才気というようなことではなく(少なくともそれにとどまらず)、ひとりの作家の確実な「その人そのもの」です。まだ全体像は見えないけれど……

からです。

       *   *   *

このあたりに呼応するかたちで、筒井氏は先の『創作の〜』において、

「さまざまな実験をしている」この短編集は、「もともとは妄想であったと思えるもの」を「日常から飛翔させ」、「時にはSF、時にはシュールリアリズムにまで高め」、「大江氏が『奇妙な味』と言う文学的趣向を確立させた」と評します。

ただし、これらは「あきらかに文学の言葉で書かれ」ているものの、はたして「妄想が夢幻状態の中で文学に結びついた」のか、「妄想が思考感情の中で文学に結実した」のか判断できず、「戸惑」ったと告白してもいます。

       *   *   *

ちなみに、筒井氏が本書を読んだのは、『群像』の編集者が本谷氏の諸作品に筒井氏と通じるものを感じて彼に書評を依頼したのがきっかけだったようです。

そして、実は私も、本書を読んで「ん 筒井康隆の女性版」みたいなことを、ちょっとだけ、ほんのちょろっとだけ、思っちゃいましたm(_ _)m

日常生活に潜む、ほんの一瞬の隙…

たとえば、バス停の前の歩道と車道の境目に、
あるいは、ドアを開けてリビングに足を踏み入れた、その場所に、
数ミリほどの時空の歪みが待ち受けていて、
袖の端でも触れようものなら、とたんに異世界へと吸い込まれていき、

そして、

その瞬間から、世界も主人公たちも歯止めを失い、壊れ、あるいは狂っていくような…。

その壊れていき方が、何となく筒井作品を連想させたんですよね。

       *   *   *

では、そんな私の感想はと言いますと、

うん、まあ、そこそこ。
(大江氏、筒井氏に続いて書くには、あまりに貧弱でm(_ _)m

いや、おもしろいですよ、基本。
「上質の(大人の)エンターテインメント」という言葉がぴったりくると思います。

ただ、両氏が絶賛するほどインパクトを受けたかというと、
う〜ん、むしろ、コンパクト&スマートにまとまっている感じ。

先日、筒井氏の『世界はゴ冗談』について、「予想したよりは破壊力不足」みたいなことを書きましたが、それでも本書と比べると、やはり『ゴ冗談』はパワフルだったなぁと思い返しちゃいます。

もっとも、それは、
筒井氏の<実験が>が作品としての破綻ギリギリのところを狙っていくのに対し、
本谷氏のそれは、作品としてきっちりと、かつ気の利いたかたちで成立させている、

といった、いわば目指す着地点の違いだろうなとも思いました。

ただし、ハッと気づかされたのは、

あ、女の目からは、世界ってこんなふうに見えてるんだ。
(ちょっと誤解(笑))

ということ。

物事を観察したり思考したりする際の前提条件が、根本的に違っている。

で、またそんなことに驚いている自分に驚いて、ふと気づいたこと…

私は、女性作家の小説をあまりにも読んでいない

慌てて書棚を見回してみたのですが、もう圧倒的に男性作家ですね。
実は絵本でも、読んでいるのは女性の作品のほうが多いはずですが、その男女比に対して紹介しているのは(知らず知らず)男性のほうが多いような

ちょっと、意識して女性の作品を読んだほうがいいかもf^_^;)
でないと、自分の着眼点や思考の傾向について、男性的な要素が入ってくることに無自覚になってしまう。
(男性的であることは否定のしようがないですし、否定しようとも思わないのですが、無自覚であることは恥ずかしい)

       *   *   *

う〜ん、女性作家の作品も、もっと読んだり観たりしたほうがいいなぁ。
とっかかりとして、この本谷氏の作品をいくつか読んでみるのもいいんじゃないか、

と調べてみて気づいたこと。

あ、本谷有希子って、「劇団、本谷有希子」の本谷有希子だ
そっか、でもって『腑抜けども〜』も彼女の作品か。

ま、それに気づかずに読んでいたのですが、とはいえ、それ以上の情報も知識も持ってなくてですね、
前者については、「へえ〜、へんな人」と思っただけで観に行ってはおらず、
後者については、「永作、いいよな」と映画を観て思っただけで、原作はマンガだと思い込んでいたんですがf^_^;)


…なんか、納得。


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