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観劇日誌:続・アガリスクエンターテイメント「紅白旗合戦」

2015年3月29日(日)

ええと、前回の続き。
ボス村松さんが客演しているアガリスクエンターテイメント「紅白旗合戦」の感想を、今度こそ書こうとしていたのでした。
もたもたしているうちに、本日29日はもう楽日です

そのくせ、ボスさんのブログは読んでいるんですが…、さてさて、どんな感じなんでしょうね。

公演前から「セリフが入らないっ」を連発していたので、私たちは「7 stages も演れば、セリフも染み込んでいるだろう」と23日に観に行ったんですが、セリフに関しては、まあまあ、まずまず大過なく演り切っていたように思います(もちろん、味はたっぷり出ていて面白かったです)。

が、その後も「跳んだ」とか「抜けた」とか「止めた」とか書かれているので、

まあ〜、

まあ…

限界に挑戦してるってことでしょうか(笑)。

残り2回、頑張っていただきたいと思います。

<あらすじ>

では。
今回は、チラシとパンフにわりと詳しく書いてあるので、そちらに多少の枝葉をつけながら基本設定を説明しますと…

舞台は某県・国府台高校。
自主自律の伝統を持つこの学校では、ほとんどの学校行事を生徒が企画・運営。
卒業式も、卒業式実行委員会(通称:ソツジツ)が全校生徒へのアンケートをもとに式次第を立案、生徒側・教員側の各会議体での承認を経て決定、ソツジツが運営・実施するという仕組み。
今年度も着々と(一部、遅々と)準備が進み、卒業式はもう間近…

なのにっ、今年に限って校長から「待った」がかかる。
県の教育委員会が、卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱を指示してきたのだ

あ、いや、生徒側の実施案にも国旗や国歌が入っていないわけではない。
ただ、アンケートの結果、とっても<周辺的>な扱いになっているのだ。

突如これを否定し、フツーの卒業式を実施しようとする校長側。
教員の介入を拒否し、生徒案を貫こうとする生徒会長側。

議論は平行線、事態は膠着。

そこで生徒側は、校則のなかで眠っていた規定「連絡協議会」制度に目を付ける。
これは、生徒・教員の間で意見の相違が生じた場合、解決を図るべく両者の代表団が協議する場。

かくして、生徒vs.教師の直接対決の火ぶたが切って落とされた

<感想など>

…という一種の極限状態を設定したシチュエーション・コメディ。
扱うテーマはなかなかデリケートですが、まあ、むしろ論点の中心は生徒の自主自律文化をめぐるもので、いわば「学校って、誰?(or 誰のもの?)」。
一方の「日の丸・君が代」に関する議論は、慎重に避けられていたように思います。

というのも、「国旗・国歌」問題はあくまでシチュエーションを作り出すためのもので、この作家さんが書きたかったのは、それをめぐる人々の滑稽さを笑い飛ばすこと…すなわち、徹頭徹尾「コメディ」。

       *   *   *

実際、喜劇として非常によく計算され、練り込まれた脚本だったと思います。
会議なので、基本は会話劇。
テンポの良いセリフの応酬のなかで、きちんきちんと笑いをとっていく感じ。
しかも、個々のネタに頼るのではなく、次々とシーンを動かして、その展開で新たな笑いを用意していく。
ついでに、場面転換も切れ味よく、舞台空間をじつに上手に使いこなしていました。
役者さんたちも、チームプレーを守って演技をきっちり組み立てている。

だから、コンスタントに笑い続けられる。
序盤から中盤は、もう文句無しって感じでした。

       *   *   *

ただ、結論を言うと…

終わって劇場を出るときには、「う〜ん」って気分になってたんですよね。
何て言いますか、「あれだけ面白かったのに、どうして物足りないんだろう」と。

       *   *   *

ま、長かったってのも、あるかもしれません。
単純に、人間、尻が痛くなると笑えなくなるので、2時間を1時間半にまとめてくれていたらなぁ、とか。
基本的には、<交渉Aー決裂Aー画策A>ー<交渉Bー決裂Bー…と繰り返すので、1クール減らしてくれていれば、私の「尻的」には、ちょうどよかったのかもしれません(笑)。

       *   *   *
以降、若干ネタバレ注意。知りたくない方は読まないでください

でも、それじゃ、「物足りない」は説明できないですよね。
う〜ん、この1週間、ずっと考えていたんですが、いま思うのは、

終盤にきて、脚本と役者の演技がずれてきた…

からじゃないかなと。
これ、言うまでもなく私の個人的解釈ですけど、

中盤までは、脚本の意図を役者さんたちが実によく理解して、脚本で用意された(決して簡単ではない)笑いを確実に表現していったと思うんです。

しかし、終盤にきて、脚本が(私から見て)明らかにギアチェンジしているのに、役者の演技が変わらない。

1つ目の関門は、突然打ち切られた協議会の再開をめぐり、対立していた生徒・教師たちが協力し始めるシーン。
ここでついに音響が入り、「さあ、いくぞ」という感じだったんですが…。

私だったら…というのも、おこがましいのですが、
壁を打ち破って協力関係に入るところは、もっと躊躇があり、違和感と緊張感を醸し出して…
入り口の丁寧な展開から、どんどん強引に、乱暴に、非論理的に、高揚しつつ急加速してどどどどどど怒濤〜っと全員集合。

とっ、静寂。
対角線上に取り残される生徒会長。
痛いほどの緊張感。

そして、行動。

この乗り越える坂が平坦だったために、次のクライマックスでもギアチェンジできなかったのではないか。

そのクライマックスたる第2の関門。
協議会再開。

一方的に主張するばかりの議論から、接点を見つけ、妥協点を探り出す対話へ。
これはつまり、ゼロサム・ゲームからノンゼロサム・ゲームへ、win-rose関係からwin-win関係への転換。

これって、言うは易く、行うはめっちゃ難し。
人間として、高度で洗練された営みだと思います。

だから、だから、もっと
ドキドキ
ゾクゾク
ヒリヒリ
しながら演ってほしかった。

机の並べ方も、前半とは変えたじゃないですか。
その距離感の変化を、もっと胸苦しく感じてほしかった。

       *   *   *

なんて書いていて、ふと気づいたこと。

そうか、私は、成長させたかったんだ、教員たちも生徒たちも。

同意できないことでも、何とか合意を、それができなくても、どうにか折り合いをつけていく。
それは、利害や価値観の対立する相手と共存していくための高度な社会的技術ですが、それができるようになるというのは、人間的に大きな成長だと思うんですよね。

そして、成長したからこそ、最後の

「…と思ったら」

というのが、きちんと「オチ」になると思うんですが…。

       *   *   *

とまぁ、私は、そんなふうに感じたんですが、演出家さんの意図は異なるかもしれません。
(そりゃ、違って当然なんですが)
たとえば、そういうものをも排除して、あくまで「コメディ」として笑い飛ばしたいという考えも、十分にありえます。
あるいは、脚本の上がりが遅かったようなので、単に終盤あたりが稽古不足だったとか。

まま、いずれにせよ、若々しいスピートとキレを具えつつ、レベルの高い作品だったと思います。

あ、もうすぐ、マチネが始まりますね。

ではでは、このあたりでm(_ _)m
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