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おすすめ絵本73:新・戦争のつくりかた その参

新戦争のつくりかた_convert_20141012150603

2014年10月22日(水)

コメントをたくさん(←当社比)いただき、ありがとうございます。
この連載が重くって、ちょぉっと待っててくださいm(_ _)m

       *   *   *

ええと、本書が対峙すべき論点、という話でしたよね。
う〜、疲れてきたけど、書き始めた以上は途中でやめるわけにもいかないので、ともかく続けます。
興味ない方はこの記事を飛ばしちゃってくださいねm(_ _ )m

     *   *   *   *   *

簡単に言いますと、

決して人を殺さないために、包丁を捨てよう

という主張に対しては、

A. 「包丁がなくても、自分は安全なのか

B. 「包丁を持ったのは、人を殺すためではない
という反論があると思います。
(いや、ほかにもあるでしょうけど、現実の問題として重要な意味があるのは、この2つかなと)

       *   *   *

A. から始めましょっか。
前回が理屈っぽかったので、今回はできるだけ具体的に。

最も hot な論点は、やはり集団的自衛権に関する閣議決定(2014年7月1日)でしょう。
正確には、
国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について
の国家安全保障会議決定/閣議決定です。
これまで集団的自衛権を否定してきた(はずの)政府の憲法解釈を閣議決定で変更したということで、内容・手続きともに大きな批判が巻き起こりました。

       *   *   *

本書は、「戦争しないと決めた国」が「戦争できる国」になる過程で起こる出来事として、軍事力の行使については、
自衛隊の海外派遣
集団的自衛権の是認
先制攻撃の容認
を挙げています(p.4)。

ただし、「起こる」と言っているだけで、前回で指摘したように、自らは「批判」や「反対」をしていないのですが、

もしも「本書の著者らが、自衛隊の海外派遣や集団的自衛権の行使に反対している」のなら

直面するはずの批判や疑問を1つ挙げると、次のようなものが考えられます。

そもそも、なぜ日本政府は自国が集団的自衛権を行使できるようにした(い)のか?

       *   *   *

これって、上記A. を別の角度から言い換えたものです。
本書は、この疑問に一言も答えていませんが、とりあえず政府の答えはハッキリしています。
それこそ、閣議決定の名称どおり、

国の存立を全うし、国民を守るため」には「切れ目のない安全保障」体制を敷かなければならず、そのためには自衛隊を国外へ派遣したり、同盟国と連携して軍事行動をとったりできるように「法制」を「整備」する必要があると考えているのです。

ここで「切れ目」とは、事態の切れ目と地理的な切れ目を指しているようです。
すなわち、
「平時」における治安の悪化〜必ずしも軍事力を伴わない「侵害・侵略」〜武力による侵攻、といった国民の生命・財産を脅かす多様で予測困難な事態のなかで、警察・海上保安庁・自衛隊その他関連各機関が有効・迅速に対処できない空白が生じないよう、連続的・包括的な制度・体制を整える。

脅威の多様化と国家間の相互依存関係の深化により、国外の危機が容易・迅速に国内の脅威へと転移あるいは拡大するようになったことから、地理的にも国内外を連続して脅威に対処できる制度・体制を整える必要があり、またそのために各国間の連携・協力を強化しなければならない。

       *   *   *

ここで前提とされているのが、未来の不確実性法治の原則です。

日本は法治国家ですから、政府のするべきこと(してはいけないこと)は法律によって定められています。
したがって、国民の生命・財産を守るためにとる行動も、あらかじめ決められた法律に従わなければなりません。

一方、常に大きく速く変化し、多様化する社会では、未来に何が起こるかを予測することがきわめて困難です。
ちなみに、「多様化」とは事態の多様化だけでなく主体の多様化も含みます。つまり、伝統的な国家だけでなく、さまざまな組織(あるいは個人まで)が脅威の主体となり、事態をさらに複雑化させています。

したがって、将来に現れるであろう脅威を事前にリストアップし、法律でそれぞれに対応策を決めておくことは、本来的に不可能となります。

こうして、もしも政府が国民の生命・財産を守るという使命を真摯に遂行しようとするなら、いかなる事態にも迅速・的確に対応できるよう、国民からのフリーハンド(白紙委任)を求めるようになるのです。

       *   *   *

さらに、この国民から政府への白紙委任は、危機への対処としても有効ですが、脅威の抑止としても一定の効果を持ちます。

攻撃的意図をもった組織・国家から見て、相手が迅速・的確に対処してくると予想される場合、攻撃に抑止力が働きます。

一方、相手が有効に反撃するための十分な体制を整えていないとわかれば、攻撃への誘因が強く働きます。
つまり、備えが不十分であるということが、脅威を招き寄せる働きをしてしまうということです。

これを、「消極的挑発」と呼ぶそうです。

したがって、多数の国々と密接に連携し、いかなる主体からの、いかなる攻撃に対しても迅速に対応できる体制を整えることが、脅威の顕在化を抑制し、国民の生命・財産を守り、その生活を安定させることにつながります。

       *   *   *

が、

白紙委任なんて、許せませんよね〜。

当然ながら、
国民の生命・財産を守るためにフリーハンドが必要だとしても、
フリーハンドを与えてしまったら、国民の生命・財産を守る以外の目的にも自由に使えちゃうからです。

       *   *   *

ここが難しいところですが、

一般に、集団的自衛権の行使に肯定的な論者は、上に述べたような点についてはシビアに論じますが、「日本が他国の戦争に巻き込まれる」云々という話になると、とたんに歯切れが悪くなります。

半面、日本の集団的自衛権行使に批判的な論者は、「日本が他国の戦争に巻き込まれる」危険性を強調しますが、「それが自国の安全保障にとって不要である」かどうかについては触れない傾向があります。

これって、おかしいと思いませんか

私たちがどんな脅威にさらされているのか、基礎的な合意を形成しないまま、安全保障政策を論じようとしているわけです。

つまり、目的を定めずに、手段の善し悪しを論じることになっちゃいます。

まあ、そんなことから、
本書の前提として、私たちを取り巻く脅威について、もっと冷静に、根拠に基づく議論があり、その結果として社会の緩やかな合意が形成されればいいのになぁと、思うわけです。

決して、危機を煽ったり、反対に目を背けたりせず、ね。

     *   *   *   *   *

うおお〜、B. にたどり着かないどころか、とりとめがなくなってきてしまった

今夜はこれくらいにして、また仕切り直します。

おやすみなさいm(_ _)m

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