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オンライン観劇予約:サイマル演劇団『PESTE≠PESTE』

2020年12月29日(火)

夢を見ました。

旅周りの一座っぽい設定で、
どこぞの地区公民館というか寄合所みたいな建物で寝泊まりしているんですが、
いよいよ初日を迎えるという朝、
座長さんが起きてこないので見にいくと、熱がある様子で、幼い娘2人と一緒に布団にくるまっているんです。
(奥さんはいない設定みたいでした)

ああ、子どもたちにご飯を食べさせてあげなきゃな…、

なんて思いながら(突然)玄関に出ると、
舞監さんがタバコを吸ってて、

俺は、もうアウトだと思うぜ。

って、煙を吐きながら言うんです。

え、だって、仕込みも終わってるし、座長は出演するわけじゃないから、別に、公演は打てるでしょ、

みたいなことを言おうとした瞬間、

ああっ、コロナだっ

って気づいて、

え、じゃあ、みんな2週間の自宅待機 濃厚接触者は とりあえず、総務に連絡して、そうだ、COCOAに登録してるから…

とか何とか、頭が会社モードに切り替わっていったあたりで…、

目が覚めました

   *   *   *   *   *

という、ひじょーに縁起の悪い夢を見た後に書くのも、ひじょーに気が引けるのですが、

その3日後、

葉月さんからのメール。

公演☆ご挨拶
 まさか自分もホントに公演するとは思っていなかったのですが…、
 年の瀬に演ります。

(一部、脚色m(_ _)m







演るのか〜っ
ってか、稽古を続けていたのか〜っ



さすがは、サイマルさんですね。

というわけで、じゃん。
20201229サイマルPESTE_convert_20201229113308

サイマル演劇団『PESTE≠PESTE 私たちが望むものは』
原作:E・イヨネスコ(「殺戮ゲーム」)
構成・演出・美術:赤井康弘
於:サブテレニアン(板橋)
日時:12月30日(水)15時/20時

イヨネスコ作品というと、ファシズム旋風が吹き荒れる様を鮮烈に描いた『犀』が有名ですが、こちらは見てのとおり「ペスト」。

が、

不勉強ながら、私は読んでおりません。
サイマルさんのHPによると、
------------------------------------------
フランスの不条理劇の大家E・イヨネスコの、ペストに感染した街の市民の姿を描いた群衆劇を下敷きに、幾つかの戯曲や詩を引用したミニマリズムナンセンス劇。
------------------------------------------
ということなので、作品そのままではなく(ま、サイマル作品は、いつだって「そのまま」じゃないですけどね(笑))、いろいろ組み合わせるようですが、

いずれにせよ、とても面白そう。
まさに、今、私たちの物語。
まさに、このタイミング、この社会的空気のなかで観劇…という<体験>をしておきたい。

が、

まさに、このタイミングであるがゆえに、劇場での観劇はまだ(というか、ますます)自粛中の私。

う〜む、

と思ったら、ありがたいことに、今回もオンラインで配信してくれるとのこと。

で、前回のenjiさんで少し慣れたので、調子に乗って調べてみたところ、今回はライブ配信じゃなくて、カンフェティのストリーミングサービスなんですね。

なので、公演は「え、もう明日」って感じなんですが、配信は年が明けた1/7〜/14だそうです。

で、前回のenjiさんで少し慣れたので、調子に乗って先ほど予約してみました。
(無事、予約完了です


というわけで、明日のご無事な上演を、切に、切に、切にお祈りしておりますm(_ _)m





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巣籠もりの文学 その3:『完訳 ロビンソン・クルーソー』

2020年12月26日(土)

私の会社も社会的取組みに参画するとかで、仕事納めを前倒しして昨日25日(金)で年内はおしまい。
ただし、「どーしても28日(月)に出勤せねば」という人も若干数はいて、私もそんな人たちのためのカギ当番ということで、出勤予定…
という以上に、私こそ仕事が溜まっている「どーしても出勤せねば」組でして、28日だけでは終わらないと分かっているので、本日も休日出勤。
いやぁ、やっぱり休日出勤は仕事がはかどりますね〜。
(こういうヤツを、社畜と呼ぶんだな)

       *   *   *

で、予定していた仕事を片付けて、帰りにデパートへ。

ええ、そうです、ハタと気づいてしまった嫁さんへの●●●マスプレゼント(笑)。

このところ、子どもの習い事なんかの送り迎えで寒そうなので、何か暖かいものをと、そんな感じの売り場へ。

と、陳列棚に向き合った途端、背後からおばちゃん。

プレゼントですか

は、早いっ

店員に声をかけるのは、もうちょっと、あれこれ物色してからにするつもりだったのですが、よく考えたら、もう閉店間際。
仕方なく()、こちらも用件を伝えて、サッサと品物選び。

さすがベテランだなと感心するのは、「買うか、買わないか」ではなく、たちどころに「どれを買うか」モードに持っていく、その話術。

私の性格としては、通常なら逃げモードに入っちゃうところですが、今回に限っては何としても残り15分で best choice に辿り着かねばならないため、むしろ種々リクエストを伝えて、

派手すぎず地味すぎず、
ちょっと特別感はあるけど普段使いできて、
本人が選ぶだろう色味よりは気持ち冒険気味の、

そんなところを見繕ってもらいました(笑)

でもって、とりあえず、

mission completef^_^;)
(なぜか、息子が一番盛り上がってました)

   *   *   *   *   *

さてさて。

「巣籠もりの文学」シリーズですが、もう1つくらいは選ばないとカッコがつかないかなと、少し趣向を変えて、こちらを選びました。

20201226ロビンソンクルーソー_convert_20201219115243

『完訳 ロビンソン・クルーソー』
ダニエル・デフォー著/増田義郎訳・解説
中公文庫、2010年(ハードカバー版は2007年)

ま、彼の場合、自分から「籠もった」ってわけじゃないですけど、何しろ27年間も籠もってたわけだし、結果として「籠もって暮らす人たちを描いた物語」にはなってるかなとf^_^;)

でもって、昨今のコロナ禍で再注目されるD. デフォーの代表作という意味もあり、取り上げてみました。

       *   *   *

あまりに有名なので、『ガリバー旅行記』と同じくらい、誰しも幼少時に<子ども向け版>を読んだことがあるでしょうが、やはり『ガリバー旅行記』と同じくらい、大人向けの完訳版は読まれていない作品ではないでしょうか

ただし、ともに社会派の作品ながら、『ガリバー旅行記』が社会批評(風刺)であるのに対し、『ロビンソン・クルーソー』は国威発揚…とまではいかなくとも、海外進出へのポジティブなメッセージを含んだ「経済小説」もしくは「グローバルビジネス書」でもあるという点で、両者は大きく異なると思います。

ちなみに、子ども向け漂流・冒険ものというと、私は『十五少年漂流記』(ジュール・ヴェルヌ)を夢中になって繰り返し読んだものですが、こちらはまさに「冒険もの」ですね。
(なので、子どもの頃は断然こっちのほうが好きでした)

この『クルーソー』も幾つかの版がありますが、中公・増田版は増田氏による解説が丁寧で詳しく、面白いのでお勧めです。

では、なぜ「冒険小説」が「経済小説」なのか、という辺りを、増田氏の解説に沿いつつ、若干ご紹介。

       *   *   *

本書はある船乗りの回想録として出版された、という体裁をとります。
主人公の名はロビンソン・クルーソー。生まれは1632年、イギリス・ヨーク市の裕福な中流家庭。
ロビンソンはクルーソー家の三男として何不自由のない、しかし無為な生活を送っています。

「海へ出たい」「海外へ生きたい」と熱望しながらも、両親の強い反対を受けて逡巡するロビンソン。
しかし、ある日、父親の船でロンドンへ行くという友人に誘われ、両親に別れを告げることもなく船に乗ってしまいます。
これが1651年の(呪われた)9月1日、ロビンソン19歳のことでした。

こうして船乗り兼貿易商の道を歩み始めたロビンソンは、
ギニア交易で一儲けし、
ところがサレ(現モロッコ)でムーア人の海賊に捕らえられて奴隷となり、
脱走してブラジル行きのポルトガル船に助けられ、
そのまま南米に行き、現地で農場経営を始めます。

そして、事業を順調に拡大していた1659年のやはり9月1日、
安価な農場労働者を調達しようと奴隷貿易に出発したところで、
船が難破し、オリノコ川(現ベネズエラ)河口からほど近い(と思われる)無人島に漂着する…

こうして、かの有名な27年に及ぶ無人島生活が始まるわけですね。

       *   *   *

デフォーという人物はビジネス経験もあったようで、なかなか計数感覚に優れ、随所に<数字>や<品目名>、そして貿易・取引の詳細にこだわった記述が出てきます。
(そういえば、『ペスト』でも、どの地区で何人が死んだとか、やたら数値情報を載せていますね)

最初のギニア貿易では、40ポンドを元手におもちゃや雑貨を仕入れ、それをギニアで売って5ポンド9オンスの砂金を購入、それをロンドンで売って300ポンドを手に入れます。

また、ブラジルでも、小さな農地を購入して最初は食料生産に励み、それからタバコ、さとうきびの栽培に手を広げたり、ロンドンに預けておいた財産のうち100ポンド分を使い、自分で使う農機具のほかイギリス製の衣類・織物などを輸入し、それを売って資金を増やしたり。

当時、当然ながら、まだ海底ケーブルによる大陸間電信網は存在しませんし、細かい荷為替のやりとりなども出て来ないのですが、委任状などを使い、また商人や貿易船の船長を通して、高度な取引が行われていたことが窺われます。

       *   *   *

そしてもちろん、圧巻は無人島での生活で、これはもう、ほとんど農場経営あるいは植民地経営のミニチュア版と言っても過言ではありません。

鶏のエサ(ネズミに食われてしまっていた)の残りカスを捨てたら、そこから大麦と稲が生えたのを僥倖とし、島の気候・季節を理解したうえで穀物栽培を始め、
野生のぶどうから干しぶどうを作って保存食&栄養補給源とし、
野生のヤギをつかまえて家畜とします。

穀物栽培に、果樹園経営、そして畜産と、これらに関する記述が実に細やかで具体的・実践的なんですね。

具体的と言えば、洞窟を基盤とした住居の塀づくりや、島の周辺をカヌーで巡る際の潮流に関する記述も実に細かくリアリティがあって、デフォーはどうやってこれらの知識を得たのだろうかと、不思議に思うやら感心するやら。

       *   *   *

そして、もう1つだけ紹介しておきたいのが、時代背景との関わり。
17世紀半ばと言えば…、

アルマダの海戦でイギリスがスペインの無敵艦隊を破ったのが1588年。
ピルグリム・ファーザーズがニュープリマスに上陸したのが1614年、
第二次英蘭戦争により、ニューアムステルダムがニューヨークになったのが1667年。

つまり、スペイン・ポルトガルが海洋覇権を握っていた時代から、後発のオランダ、そしてイギリスが積極的に海外へ進出していった時期と重なります。

ただし、南米はまだスペイン・ポルトガルが圧倒的に支配しており、上述の増田氏によると、デフォーはこの中米カリブ海にイギリス進出の拠点を作るべし、という思いを込めて、この地にロビンソンを漂着させたと主張します。
実際(というのも変ですが)、帰国の途につくロビンソンは、残った英系人がこの地に植民できるよう計らうわけですが、それこそがデフォーの期待を表しているとも言えます。

そこで増田氏は、ロビンソンをして

「正常なイギリスのブルジョア社会から逸脱した流れ者のアドヴェンチャラーではなく、むしろ17世紀当時のイギリスの海外商業活動の生み出したもっとも典型的な型のひとつを代表している」

と喝破し、

「オリノコ川の入口を望み見るロビンソン・クルーソーの眼差しの中には、そこ南アメリカ本土にイギリスの植民地を獲得したいという、ウォルター・ローリ以来のイギリス人の期待と願望がこめられていたのである」

と結ぶのでした。

そうした背景を踏まえると、本作品が、無人島に隔絶された個人の物語のように見えて、実は17世紀の国際政治経済を色濃く反映していることが垣間見え、何倍もおもしろく読むことができます。


大人になってこそ、読むべき1冊かなと。


…あ、何となく、まとめちゃいましたf^_^;)


一足早い、ク、ク、クリ…

2020年12月23日(水)

本日は、生まれて初めて<人間ドック>なるものに行ってきまして、「なんだ、いつもの健康診断と変わらないじゃないか」と思っていたところ、最後の内視鏡検査でボロボロに消耗し、息も絶え絶えに帰ってきました。
(内視鏡は2度目だったのですが、今回は麻酔があまり効かなかった(ToT)
検査の結果は年明けに送られてきますが、検査直後に内視鏡担当の先生から…

先生 十二指腸潰瘍ができてますから、すぐに治療してくださいね。それから、たぶんピロリ菌がいると思いますから、除去治療もしてください。
  はあ。
先生 すぐにですよ。
  すぐですか
先生 (食い気味に)すぐです。こちらの病院で手配しましょうか
  あ、いや、地元の総合病院で受けようと…
先生 できるだけ早く。年内には行ってくださいね。

…とまあ、その若い女医さんが、「このオッサン、行かね〜つもりか 行けっつってんだから、とっとと行けよっ」と言わんばかりに、私の目を威圧的にみつめる(=睨みつける)ものですから、…できれば年明け早めに行きたいと思います。

で、午後中、臥せっていたのですが、晩飯を食べて水をたっぷり飲んだら、ようやく元気が出てきたので、書きかけだった記事を仕上げることにしました。
(週末にUPするつもりだったのに、酔っぱらって、途中で寝てしまったのでした

   *   *   *   *   *

さてさて。

キリスト教徒ではない私は、かつて「12月25日は全日本・鍋の記念日」(したがって、24日は「全日本・鍋の記念日」イヴ)などと言い張り、すき焼きを食い続けてきたわけですが(最初の何年かは嫁さんも付き合ってくれたんですが)、子どもがモノ心つくと世間の風潮に逆らえず、すっかり白旗を揚げている昨今です。

       *   *   *

でもって、去る日曜日は午前中に娘のピアノ発表会があって、嫁さんとビデオ&カメラ撮影に行き、
(コロナ対策で、観客は1家族2名までの縛りがあったため、息子は留守番)

遅い食事を済ませた後に、予約してあったケーキを取りに行こうとしたところ、
娘は友達と遊びに行く約束があるとかで、サッサと出かけてしまい

ええ〜っ

と思ったんですが、
もはや家族でのお祝いを喜ぶ歳でもなくなったのだなと寂しく受け入れ、
息子と嫁さんとの3人で受け取りに行き、そして夕方、「主役がいないね〜」と言いながら3人でケーキを食べました。
(一応、娘の分は残しておきましたが)

ま、こんな感じで。
20201220クリスマス1_convert_20201223223953
シンプルで甘さも控え目なので、甘味の苦手な娘も食べられるという、我が家御用達のケーキです。

息子は年々食べる量が増え、「あんまり食べると、晩ご飯のご馳走が食べられなくなるよ」と言われたにもかかわらず、1人で4分の1ほども平らげて満足げでした。
(そして、案の定、晩飯の途中で箸が止まり、宙を仰いだのでした

       *   *   *

そして夜。
この手のイベントでは、いろんなものをごちゃごちゃ食べると、お祭り感があっていいんじゃないかということで、
晩飯のメインディッシュは、お刺身(娘のリクエスト)、ピザ(私のリクエスト)、ロールキャベツ(息子のリクエスト)という組み合わせ。

あわせてスパークリングワインを用意し、あらためて(誰かさんの誕生日ではなく)娘のピアノ発表会のお祝いを

中学に入って勉強に部活にと忙しくなって、ピアノのほうは十分に練習できず、レッスンへ出かける間際に泣いていたこともありましたが、(曲のレベルも少し下げて)何とかソロと連弾の2曲を演奏しきりました。
しかも、ソロは暗譜。よく頑張ったと思います。

…と、乾杯をしながら独り感慨に耽り、「それじゃ…」と例のごとく寂しく自室へ下がろうとしたとき、

嫁さん  あ、お盆を運んだら、1回戻ってきてね。

振り返ると、息子がニヤリ&コソコソ。

何かと思ったら、じゃん。

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一足早い、ク●ス●スプレゼント〜

まったく、ま〜ったく、予想していなかったので、とても驚きました。
(いつも、プレゼントをもらう度に意表を突かれビックリしているわけですが、本当に驚くので、渡すほうもサプライズのやり甲斐があるでしょうね(笑))

娘からは、キーホルダー&小銭入れ。
娘と嫁さんが、ネットで探して購入したものだとか。

実は私、昔はこのタイプのものを使っていたんですが、カギを落としたときに音が鳴らないので、気づかずに無くしてしまったことがあるんですね。
以来、落としたら「チャリ〜ン」と金属音が鳴るシンプルなキーホルダーを使っているんですが、う〜ん、娘からのプレゼントとあらば、使わないわけにはいきませんね。
絶っっっ対に落とさないよう、気をつけたいと思います。

息子からは、ハンカチ2枚セット。
嫁さんが、隣駅へ行ったついでにデパートで選んだのだそうな。
なぜ息子が絡んでいないかというと、息子はすぐに顔に(口からも)出るので、プレゼントを買ったことが事前にバレないよう、渡す直前まで教えなかったのだそうです(笑)。

このハンカチ、写真では分かりにくいのですが、それぞれ4分の1ずつ柄が違っている(つまり、1枚のハンカチが4種類の柄から構成されている)という変わり種。
なかなか面白いので、楽しく使いたいと思います。

   *   *   *   *   *

てな具合で、少し早めですが、クリス●●のお祝いをした我が家でしたm(_ _)m


…と、ここまで書いて、

そう言えば、
子ども2人にはプレゼントを用意し、
私もプレゼントをもらってしまったわけですが、


…嫁さんには何も用意していないゾッ


ということに、マジで、いま気づいたのでした


ああ、今日、人間ドックの帰りに買えたじゃないかっ
「ボロボロに消耗した」とか言いながら、鳩居堂とジュンク堂で、ちゃっかり自分のカレンダーと本は買ったじゃないかっ


危うしっ、本間宗南っ

巣籠もりの文学 その2:『カールシュタイン城夜話』

2020年12月19日(土)

本日は、部活動で怪我をしたという娘を嫁さんが病院に連れて行く関係で、私は息子のサッカー練習の送り迎えを命ぜられたのですが、その他は自宅で、ずっと引っ張っている仕事の続きを。

が、なかなか終わりが見えない仕事に手をつける気力が湧いてこないので、その前に書きかけだった記事を仕上げることにしましたf^_^;)

何をどう書こうかと、いろいろ構想していたはずなのですが、途切れ途切れに書いているうちに忘れてしまい、いつものように取り留めのない記事になってしまいましたm(_ _)m

   *   *   *   *   *

「巣籠もりしている人の物語」第2弾ですが、ちょっと悩んで、こちらをチョイス。

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『カールシュタイン城夜話』
フランティシェク・クプカ著/山口巖訳
風濤社、2013年

ネットで検索すると、同名の画家さんがヒットするのですが、まったくの別人です。
訳者の解説や著者のあとがき、略歴などから簡単に紹介すると…、
----------------------------------
1894年、プラハ生まれ。
1921年カレル(プラハ)大学哲学部(文学部に相当)に入学するも、14年に第1次大戦が始まると召集されて東部戦線へ。
1915年にロシア軍の捕虜となり、18年()に収容されていたベレゾフカの収容所をチェコスロバキア軍が占領すると、同軍に入隊し、イルクーツクへ。
1920年にYMCA(キリスト教青年会)に就職し、同年ロシア人女性と結婚。
1921年に祖国に帰還、大学に戻り博士号を取得。
(このあたり、よく分かりません)
卒業後、ジャーナリストとして活躍、1929年には『プラーグ報知』の主筆に。
しかし、
1938年ナチスドイツによりズデーデン併合、翌39年にはプラハを含むボヘミア・モラヴィアが保護領に。
クプカもゲシュタポに捉えられ、40年まで投獄。
(1941年から終戦までの経歴もよく分かりません)
1943年夏に本作品を執筆し、翌44年に(ナチスの検閲をかいくぐって)出版されます。
そして戦後、1954年に本書の第2版がチェコスロバキア作家協会によって刊行されました。
本作がクプカ作品の日本初紹介、その翌2014年に『スキタイの騎士』が翻訳出版されています。
(私はまだ読んでいません)
----------------------------------

ざっと、こんな感じで、日本ではあまり紹介されていないらしく、私も、本書に出会うまで著者のことはまったく知りませんでした。
じゃ、何で買ったのかというと、(もう、よく覚えていませんが)たぶん、このカバーに惹かれて、いわゆる「ジャケ買い」したのだと思います。
(カバー表(左側):<prisoner-1>、裏(右側)<water tower>、ともに作田富幸作)
なんだか、よく分かりませんが、無性に惹かれるんですよね、これ。

       *   *   *

で、けっこう大事なポイントが、本書の刊行年<1944年>です。
当時はナチスドイツの占領下、人々が祖国の悲運を嘆くなか、本作は輝かしきカレル四世をめぐる物語を提供し、人々をしてチェコへの誇りと希望を取り戻させる作品となった…ようです。
(「第2版への著者あとがき」では、デッサウの収容所で本書が回し読みされたというエピソードも紹介されています)

       *   *   *

じゃ、「そのカレル四世って誰」って話ですが、「神聖ローマ帝国カール四世」とか「金印勅書」「7選帝侯」などのキーワードを聞くと、「ああ、アレ」と思い出す方もいらっしゃるかと思います。

「神聖ローマ帝国」というと、ざっくり「ドイツ」というイメージですが、カレル四世はルクセンブルク家の当主で母方はチェコのプシェミスル家の出身、カレル四世もプラハで生まれ、ボヘミア・モラヴィアを統治するのですが、1346年に神聖ローマ帝国の皇帝となり、48年には帝国の首都をプラハに移します。
したがって、チェコの人々にとって、この時代は「プラハがヨーロッパの中心」だった輝かしき時代なわけです。

       *   *   *

とまあ、背景説明を終えたところで、ようやく本書の内容に入りますm(_ _)m

時は1371年4月、55歳となる皇帝カレルは毒を盛られ、瀕死の状態に陥ります。
(「毒を盛られ」という部分の真相は、作品の後半で明らかにされます)
侍医ヴィーテク卿による治療のお陰で一命を取り留めたものの、皇帝カレルはすっかり消耗してしまったため、プラハ近郊のカールシュタイン城に引き籠もり、療養することにしました。
(カールをカレルと呼ぶなら、カールシュタイン城もカレルシュテイン城と呼ぶべきじゃないかと思うんですが、諸々詳しくないので、よく分かりません)

このときお供をしたのが、

侍医ヴィーテク卿
宮廷執事長ブシェク卿
司教座聖堂参事会員イェシェク師

で、この3人が皇帝の無聊を慰めるべく、毎夜、話をする…しかも男たちに相応しく、話題は「女」…。

こうして、カレル四世がカールシュタイン城に到着してから聖霊降臨祭までの7日間、気の置けない重臣3人(と、ときに皇帝自ら)が、パオラに始まってディーナを経てアネシカまで計21話の「女」たちをめぐる物語(女性の数は、必ずしも1話1人ではありません)を披露し合うという、「チェコ版千夜一夜物語」が繰り広げられるのでした。

       *   *   *

そうそう、思い出しました。
本書の帯にある「男集まれば女のこと〜」というのも、本書を買った理由の1つだったと思います(笑)。

しかし、語り手は神聖ローマ皇帝とその重臣という帝国の中枢を担う人たちで、彼らがナチスの占領に苦しむチェコの人々のために、過ぎし日の栄光を背負って物語るわけですから、お下品であけすけな話になるはずがない。

作者クプカはボッカッチョを強く意識しており、各物語には市井の人々も多々登場しますが、その語り口は実に格調高く知性に溢れています。
「枠物語」という構造を模倣していても、『デカメロン』とは、そこが決定的に違います。
(『デカメロン』は、うら若き紳士淑女の言葉こそ奥ゆかしいですが、いざ物語が始まってしまえば、もう何でもあり(笑))

あ、だからといって堅苦しいとか退屈だとかというわけではなく、(説教臭い話もなくはないんですが)清々しかったり、切なかったり、バリエーションも豊富で読後感も気持ちいい。
それぞれ独立性の高い作品から成る「短編小説集」的な趣もあって、それなりに読み応えがあります。

とくにカレル4世が語る初恋の女性や悲運の妻たちの物語は、瑞々しく清潔感のある仕上がりになっています。

       *   *   *

最後に1つだけ。

神聖ローマ帝国時代というのは、教権と皇権、つまりローマ教皇と帝国皇帝が激しく衝突して互いの優劣を争った時代で、イタリアはその主戦場として各都市が教皇派と皇帝派に別れて対立し、しばしば戦争していました。
(『デカメロン』でも、そんな言及がしばしば見られます)

結果、皇帝はドイツとイタリアを頻繁に行き来するんですね。
(この辺りは、U. エーコ『バウドリーノ』でよく描かれていますね。ただし、登場するのはバルバロッサことフリードリヒ1世ですので、時代はもう少し遡ります)

で、王子だったカレルがイタリアのルッカでお祭りに参加するのですが、その淫靡と放蕩にうんざりし「地獄絵さながら」と表現するくだりが出てきます。
これも、ボッカッチョを読んでいると何となく想像できて、辟易しているプラハ人の渋面が思い浮かび、つい笑ってしまいます。


ただし、その後で彼もまた「雌馬に噛まれる」ことになるのですが…。


カニを食う2020

2020年12月13日(日)

カニの値段が高騰してるんですってね。
11月に解禁されたズワイガニの取引で「早くも年末相場か」なんて記事がありました。

そんななか、嫁さんの実家からカニが届きまして、先日ありがたく頂戴しました。

…というわけで、「巣籠もり2」の前に、こちらをUPしちゃいますm(_ _)m

   *   *   *   *   *

今年は、息子が宿題の作文でネタに困っていたため、「じゃ、カニを」ということでヤル気満々(笑)。
昼間のうちに、
このカニ、何ガニ
カニって、魚
なんて聞きながら基本情報を書いておき、夕刻の解体作業に備えます。

       *   *   *

で、夕刻。
いざ、お披露目。じゃん。

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作文に長さを書きたいというので、足を広げた長さだの、甲羅の大きさだのを巻き尺で測ってやりました。
いやあ、立派なのをいただいちゃいましたm(_ _)m

       *   *   *

そして、解体開始。
例年のごとく、まずは私が甲羅を開き、調理用のハサミで足を切り、
続いて、息子がフォークを使って足から身を削いでいきます。

一方、去年まで主役だった娘は、早朝からの部活でグッタリ。
休んでいるところを呼ばれ、足1本だけ身を削いで味見をすると、一言「美味しい」とだけ呟いて、また自室に戻ってしまいました。

となると、息子の独壇場。
途中で「手が痛くなった」と愚痴りながらも、わりとスピーディに作業完了。
甲羅の中は私が担当、

ざっと、こんな感じです。

20201206かに2_convert_20201206183059

甲羅は湯がいて煮物の出汁に、
身とカニ味噌は二倍酢でシンプルに。

復活した娘も加わり、夕食では家族全員、冬の味覚に舌鼓を打ちました…

       *   *   *

が、

今年はいつもと違う点が1つ。

残念ながら、相変わらずコロナシフトを敷いている我が家。

都心にほぼ毎日通勤している私は、自宅でもマスク着用、食事は別。

ということで、

20201206かに3_convert_20201213105907

独り寂しく、コンビニワインとともに自室でちびちび。

あ、ちなみに、ワインが空いちゃっているのは、そのつまり、
解体しながら呑み始めちゃって、自分としては「舐めながら」というつもりだったんですが、驚いたことに、いざ食べようとしたらグラス2杯分しか残っていなくて、それを嫁さんと私で0.5:1.5くらいに分けたという次第f^_^;)

そんなわけで、すでに酔っぱらってはいましたが、大変、大変、美味でありました。
日本の冬の幸に感謝m(_ _)m

       *   *   *

あ、ちなみに我が息子、解体作業をしたら作文のことをすっかり忘れてしまい(私たちも)、寝る前に慌てて仕上げていましたとさ。


おしまい。

巣籠もりの文学 その1:『デカメロン』

2020年12月5日(土)

本日は、息子のサッカーの練習試合ということで、早起きして遠出の準備をしていたのですが…、

天気予報どおり「みぞれ交じりの冷たい雨が降ったり止んだり」で、あえなく中止となりました(T_T)

ちょっと拍子抜けしましたが、試合の合間に飲むつもりだった魔法瓶のコーヒーをカップに注ぎ、
(持ち帰った仕事には結局、手をつけることのないまま)
本日は、ウチから一歩も出ることなく、読書の日にしてしまいましたf^_^;)

   *   *   *   *   *

さてさて。

このコロナ禍で行楽に出かけられなくなって「巣ごもり」なんて言葉が流行りましたよね。
(それが現在「Go To ●●」に置き換わって、第3波を迎えているわけですが)

私も、観劇できない、呑みにも行けないということで、以前に比べて週末を自宅で過ごす時間が長くなり、半分は持ち帰った仕事をこなしつつも、その仕事から逃避するように読書に耽溺したりする機会も増えました。

お陰で、書棚やテーブルに積まれていた「買ったけど、まだ読んでない本」や新しく買った本をそれなりに読むことができたので、観劇日誌代わりに、そんなことでも書こうかと。

というわけで、「巣籠もりの文学」と称しまして、「籠もって暮らす人たちを描いた物語」を2つ3つ、ご紹介。

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その1

この企画の切っ掛けが切っ掛けですので、やはり第1弾はこちらでしょうね。

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『デカメロン』
ボッカッチョ著/平川祐弘訳
河出文庫、2017年(元の一巻本は2012年)

ご存知の方も多いでしょうが、
舞台は1348年のイタリアはフィレンツェ。
あのペスト(黒死病)が広くヨーロッパに蔓延した年ですが、東西交易の担い手だったイタリアの諸都市国家、わけでもフィレンツェはオリエントからペストが伝染して来る玄関口の1つだったんですね。

そこで、ペストの難を逃れようと、うら若き7人の淑女と3人の貴公子が、人里離れた屋敷に引き蘢もり、美しい自然のなかで楽しく飲んで歌ってお話して、2週間ほどを過ごす、というお話。

で、物語のメインは「お話」の部分で、決められたお題について10人が1日1話ずつ話し、10日間で100の物語が描かれるので「デカメロン(十日物語)」となります。
(水曜日から始まって、2度の金曜・土曜は安息日で話もお休みなので、2週間かかることになります)

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これね〜、遠〜〜い昔にパラパラッと眺めたんですけどね〜、
もう、読みにくいし、ダラダラ回りくどくって、いったい何が面白いんだと、
早々に断念したことを覚えています。

でも、この度、せっかくの機会だからと思って再挑戦しました。
河出版を買ったのは、訳がそこそこ新しくって値段も手頃だったから…

…なのですが、この平川訳、実に読みやすいです
言葉が平易で、文章はリズミカル、表現が生き生きしているので、なぜ昔「つまらない」と思ったのかが不思議なくらいです。
丁寧な注記を読んでも、原典や先行訳(英仏独語訳を含む)の吟味はもちろん、近年のボッカッチョ研究を渉猟して翻訳にあたっていることが伝わってきます。

そして圧巻は各巻末に付された解説で、これだけで1冊の紹介本になる(というか、そのつもりもあったらしい)ボリュームと内容。

まさに、「心血を注ぐ」って感じです。

もっとも、こちらが歳をとって、内容を楽しめるほどに知識が増えたという面もあるかもしれません。
大学受験レベルの暗記知識だけだと(たぶん)面白くないでしょうが、当時のイタリアを取り巻く政治・経済・社会史的知識が多少なりとも頭に入っていると、人々の宗教・風俗・慣習からイタリア諸都市間の教皇派vs皇帝派の対立、背景にある国際経済環境などまでが自然に伝わってきて、「ナマ」な空気を味わえます。

とはいえ、お題を決めて物語るのが基本形なので、「また、このパターンか」とマンネリを感じることがないわけではありません。
そんなときは、冒頭のあらすじを読んで、面白そうなら丁寧に読み、そうでもなさそうなら、話の設定だけ把握して途中を読み飛ばし、最後のオチを確認する、という読み方でもそれなりに楽しめます。

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それにしても、このボッカッチョ『デカメロン』、
先達となるダンテ『神曲』や、
同じ系統に連なる英国のチョーサー『カンタベリー物語』に比べると、
どうしても文学的誉れに欠けるというか、評価が低いというか。

決して、そんなことはないと確信しつつ、しかし宜なるかなとも思うのは、やはり、あまりに大衆的すぎるからでしょうかね。
「大衆的」と言うと穏やかですが、要するに、まあ、お下劣というか、下ネタ満載というか(笑)。

もちろん、語り手の10人はお年頃揃い(一部に恋人同士を含む)にもかかわらず、フシダラな行為は一切なし。
エデンの園もかくあるやという清らかさです。

しかし、物語となると、何せお題に「女たちが夫の留守にやらかした悪さの数々」(第7日)なんてのが出てくるくらいで、その他のお題でも、性におおらかというか、性の悦びに貪欲というか、セリフもあけすけで、人々の暮らしぶりが赤裸々に描かれます。
(また、訳者がそのあたりも大真面目に考察し、注釈しています)
「著者結び」で、ボッカッチョが言い訳(反論)を書いているのですが、そりゃ批判も受けるだろうなと(笑)。

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最後に、我が身に照らして、もう一言だけ。

これって、タネはいろいろあるんでしょうが、それでも、1人で100話を書いてるわけです。
素直に、すごいなと。

1つのお題に対するバリエーションという形で話が連なるため似通った話も出てきますが、
チョーサーと違って語り手の社会的所属階層が1つなので、話題も登場人物も狭められますし、
ダンテのように古今の人物を自在に登場させることもできない。
(幽霊は出てきますが…カバー挿画参照)

もっとも、オリエント/イスラム世界が物語のなかで当たり前に隣接していて、そうした文化的・人種的な豊かさは、ボッカッチョの強みかもしれません。

いずれにせよ、これだけの物語を書き連ねるというのは、まさに「偉業」と呼ぶ他はないわけで…、

私も、死ぬまでに100話くらい書きたいものだ、

と、心のなかでこっそり思いました。

その2へ続く

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