2014年10月5日(日)
この1週間は、帰宅するとヘロヘロだったりベロンベロンだったりして、ブログを更新できませんでした
m(_ _)mはあ、反省
(>_<;)いろんな意味で、ネジを巻き直して頑張りまっす

これからの1年(というには、時期的に中途半端ですが)、テーマは
「
がむしゃらっ」。
でいきたいと思います。
(40代半ばで掲げるテーマじゃない気もしますが
f^_^;))
いやねぇ、「
いいのかぁ、本気だしちゃうぞぉ、コンチクショー」みたいなことが多すぎますよ、ホント。
そんなこんなで、ちょっと頑張っちゃおうかなと思った次第です。
* * * * *さてさて。
先週末の運動会で早朝から場所取りをし、開会式まで静かに読書してた…なんて話を書きましたが、そのとき読んでいた本を紹介しようかな…と思ったら、1週間が経っちゃったんですよ。
しかも、ふと気づいたことには、このブログ、絵本(+若干のマンガ)は紹介していますが、その他の本をほとんど取り上げていない。
まるで、絵本とマンガしか読んでないみたいですね、私。
実際はそんなでもなくて、毎日、何かしらは読んでるんですが、じゃ、なんで私は本(一般)の紹介をしないんだろう、と考えてみると…

絵本や舞台ならまだしも、通常の本一冊分の<あらすじ>を書くのはしんどい。

読む本が雑多で、まとまりやら系統やらがない。

というのも、種々の必要に迫られて読んでいることが多いため、「楽しんで読書する」というほどではなく、そうすると、何を基準にして紹介する本を選べばよいか、はっきりしない。
といったあたりが理由なんだろうと思います。
そんなわけで、

おもしろかった本を、「こんな本、読んだよ」という記録程度の意味合いで、感想(+α)だけチロッと書くことにします。
なので、記事としては「その本を読んでないので意味がわからない」ってことが多いかもしれませんが、ま、軽く流しちゃってください
m(_ _)m * * * * *ではでは、先週末に小学校の運動場で読んでいた本をご紹介

『想像するちから−—チンパンジーが教えてくれた人間の心』松沢哲郎/著、2011年2月25日、岩波書店、1900円
仕事の絡みで必要に迫られ、慌てて読んだ本です。
正直なところ、「チンパンジー」に関する本を読んだのは初めて。
なので、知らないことだらけだったのですが、そもそも、
チンパンジーはヒトであるって、皆さん、ご存知でした

より正確に言うと、動物分類学上、私たちが属するヒト科には4属あって、
ヒト科ヒト属(ホモ属)ヒト(=私たち人間)
ヒト科チンパンジー属(パン属)
ヒト科ゴリラ属
ヒト科オランウータン属
の皆さんは、みんなヒトなんだそうです。
(ヒト亜科という表記もあり)
ちなみに、ニホンザルはオナガザル科マカク属ニホンザルなので、ヒトじゃありません。
そんなことから、著者の松沢教授はチンパンジーを1人、2人、と数えます。
* * *この松沢教授、霊長類の研究では世界最高峰の1つである京都大学霊長類研究所の所長さんで、「アイ・プロジェクト」と呼ばれるチンパンジー研究で世界的に有名な方です。
松沢教授を知らなくても、数字を理解するチンパンジー「アイちゃん」のことを聞いた覚えのある方は多いんじゃないでしょうか。そのアイちゃんたちをパートナーにして、研究を続けていらっしゃいます。
すでに一般向けの本を何冊も書かれていますが、本書はその総括と言いますか、研究の歴史と全体像を描きながら、中核的メッセージを明確に打ち出しています。
そのテーマは「
心」「
ことば」「
きずな」。
ただし、チンパンジーのそれらではなく、チンパンジーと比較して分かる、人間の「
心」「
ことば」「
きずな」について、です。
そう、なぜチンパンジーを研究するかと言えば、それは人間の本質を理解するためなのです。
* * *本書の結論を端的に言ってしまうと、
チンパンジーは、「
いま」「
ここ」「
自分」を生きている。
人間は、「
過去から未来まで」「
ここではないどこか」「
自分ではない誰か」を想像しながら、「いま」「ここ」「自分」を生きている。
ということになります。

たとえば、ですねぇ…
あるチンパンジーに1〜9の数字とその順番を理解させます。
(これはチンパンジーにとって難しい学習ではないそうです)
そのうえで、画面上に1〜9の数字を示し、チンパンジーが1を触ったとたんに他の数字を消して、代わりに■を表示します。そこでチンパンジーは記憶を頼りに2〜9を順番に触れるよう教え込まれます。
被験者のアユム(アイの息子)は、数字が画面に表示されてから0.6秒後に1に触れ、ほぼ同速度で2〜9のあった場所を順序正しく触れることができます。
これ、普通の人間にはできません。
チンパンジーは、いま、そこにあるものを記憶する脳の機能が、人間より優れているのです。

一方で、ですねぇ…
チンパンジーは、円を描いてやると、その上をなぞることができます。
そこで、チンパンジーの顔の輪郭を描いてやると、やはり、その上をなぞります。
人間の2歳児に同じ実験をすると、よく似た結果となります。
しかし、3歳児に同じ実験をすると…そこに、目、鼻、口を描き込みます。
人間は、そこにないものを想像することができるのです。
「あれ、おめめがないよ」と。
* * *ああ、やっぱり長くなっちゃいましたね。
じゃ、あと1つだけ。
私、本書を通勤途中などで読み進めた後、小学校の運動場で読み終えたわけですが、「あとがき」のページが目に入った瞬間、うっかり泣きそうになりました。
それは、次のように始まっています。
----------------------------------------- あとがき
遺書のつもりで書いた。
おおげさな物言いで、気恥ずかしく恐縮の極みだが、そう覚悟して取りかかった。…
-----------------------------------------いえ、著者が不治の病で余命わずかというわけではなくて、現在もピンピンして研究に勤しまれています。
ただ、本編を読みながら、その内容とは別にうっすら感じていたことがあって、それがこの冒頭を読んだ瞬間、ズバババッと明確になった、というような。
「そうか、そういうことか」と独りでものすご〜く合点する瞬間って、ありませんか

ええと、要するにですね、
本書は、毅然としているのです。本書は、チンパンジーに対する深い愛情に満ちています。
本書は、人間に対する豊かな洞察に満ちています。
と、同時に、
研究方法の論理性に対し、きわめて厳格です。
研究結果とその解釈・推測について、きわめて厳密です。
社会のなかの動物迫害や誤った研究方法を厳しく批判します。
研究者として、どこまでも凛として背筋が真っ直ぐなのです。
謙虚で、誠実で、真摯で、かつ、そうであることに胸を張っているのです。
だから、著者の文章は、温もりと柔らかさにあふれながらもヌルさは微塵もなく、時折ハッとさせられる緊張感があります。
その記述は、正確でムダがなく、研究者として自らに課している作法を愚直に守っています。
あ、ただし、
「遺書のつもり」だから、こんな文章になったんだ、
ということが言いたいのではなく、
このような姿勢を貫いている人物だから、「遺書のつもり」で書くことができるのだ、
と思ったんです。
* * *ちなみに、本書の印税は、すべて「緑の回廊プロジェクト」に寄付されるそうです。
興味のある方は、「緑の回廊 チンパンジー」などで検索してみてください。