2012年9月30日(日)
先週からのグリムつながりということで、こちらをご紹介。
◯112
『絵本グリムの森1 ラプンツェル 』 作・グリム兄弟、1996年11月11日、画・伊藤亘 訳・天沼春樹、パロル舎、1553円
<あらすじ> むかし、夫婦がおりました。
2人は長らく子どもに恵まれませんでしたが、ようやく妻が妊娠します。
妻が小さな家の窓辺から、高い塀に囲まれた隣の庭の畑を見下ろすと、みごとなラプンツェル(野ぢしゃ。サラダ菜の一種)が植えられています。
しかし、それを食べることはできません。なぜなら、それは魔法使いの女の畑だったからです。
それでも、妻がどうしてもラプンツェルを食べたがったので、夫は夕闇にまぎれて畑に降り、ラプンチェルを盗んで妻に食べさせました。
それがあまりにおいしかったものですから、妻はもっと食べたがります。
仕方なく、夫が翌日も隣の畑に忍び込むと、今度は魔女に見つかってしまいます。
どうか許して下さい。身重の妻がすっかり弱ってしまったのです。 そういうわけなら、ほしいだけ持っておゆき。だが、妻が産む子どもを私にくれるのだよ。 男は恐ろしくてたまらず、魔女のいいなりに約束してしまいました。
* * * * * 夫婦に女の子が生まれると、魔女は、その子にラプンツェルという名前をつけて連れ去ってしまいました。
そして、ラプンツェルが12歳の美しい少女になると、森の中の高い塔に閉じ込めてしまいます。
魔女が塔にやってきて、
ラプンツェル、お前の髪を降ろしておくれ と呼ぶと、ラプンツェルは金色の長い髪を降ろし、魔女はそれをつかんで塔をよじ上ってくるのでした。
* * * * * 数年後、一人の王子が塔のそばを通り過ぎると、美しい歌声が聞こえてきます。
その声の主に会いたくて、王子は毎日、塔に通ってくるようになり、ある日、魔女が長い髪をつかんで塔を登るのを見ました。
翌日、暗くなるのを待って、王子も塔の下から呼びかけます。
ラプンツェル、お前の髪を降ろしておくれ 髪の毛が降りてくると、王子は迷わず登りました。
こうして出会った2人は結婚を約束し、王子は毎晩、魔女が帰った後の塔へと通ってきました。
あなたがここにいらっしゃるたびに、絹の糸を1本、持ってきてください。 私はそれで、下に降りるためのはしごを編むことにします。 しかし、あるとき、ラプンチェルは魔女に口を滑らせてしまいます。
おばあさん、あなたは王子さまより重いのね。 すべてを察した魔女は激怒し、ラプンツェルの髪を切り落とすと、彼女を荒れ地に置き去りにしました。
やがて、王子がやってくると、魔女は切り取ったラプンツェルの髪を垂らし、登ってきた王子にいいます。
お前はラプンツェルを失ったのだよ。もう二度と会えやしないさ。 失望した王子は、塔の上から飛び降りてしまいます。
幸い命は助かりましたが、イバラのしげみに落ちたので、両目にトゲが刺さり、失明してしまいました。
* * * * * 月日が流れ、光りを失ったまま、木の根や草の実を食べてしのいでいた王子は、あの荒れ地に迷い込みます。
そこには、ラプンツェルが王子との間にできた双子の男の子と女の子とともに暮らしていました。
ラプンツェルの歌声を聞きとめ、王子が近づいてくると、ラプンツェルも王子に気づき、その首に抱きついて泣きました。
ラプンツェルの涙が二しずく、王子の眼を濡らすと、王子は眼が見えるようになりました。
王子は、ラプンツェルと2人の子供を自分の国に連れて帰り、長く幸せに暮らしましたとさ。
<ついでに> 先週も参照しました『初版 グリム童話集 1』(吉原高志・吉原素子訳、白水社、2007年)を今週もご紹介。
本書によると、この話はもともとフランスのド・ラ・フォルスの妖精物語「ペルシネット」をフリードリッヒ・シュルツが翻訳した小説から採ったものだとのこと。
初版では、隣の畑の持ち主は「魔法使いの女」ではなく「妖精」となっています。
また、ラプンツェルが口を滑らせる台詞は、
「
ねえ、名づけ親のおばさん、わたしのお洋服きつくなっちゃって、わたしのからだに合わなくなっちゃったの。どうしてかしら 」
となっています。
つまり、デキちゃってお腹が大きくなってきたため、妖精は男が通ってきていることを知ったというわけです。
解説によれば、このような妊娠を暗示する表現が「子どもと家庭の昔話」にふさわしくないとして、第2版以降に書き替えられたようです。
さらに、細かいことですが、王子さまが失明するのは、イバラが刺さったからではなく、両目が抜け落ちてしまったから、となっています。
ま、長い年月のなかで、さまざまな時代、社会、文化、価値観といった多様性の試練を受け、徐々に物語として洗練されていき、そして何より、普遍性を獲得していくのでしょうね。
<ついでのついでに> とはいえ、ディズニーのアレはどうなの?
まぁ、あまりケチをつける気はありませんし、原作を気にしなければ、それなりに楽しめるエンターテインメントになっていますし、いいんですけど…。
…いいんですけど、世界中の人々が、これを「ラプンツェル(の物語)」だと認識するようになっていくんでしょうね。これも、「物語」が幾時代のなかで受ける試練の1つなのでしょうか。
* (の物語)と付け加えた理由は、英語名が異なるため。人々の苦しみや悲しみを伝える物語が、いつしか喜びの讃歌に変わっていくというのは、時代的・社会的要請として、珍しくはないことですが、これって…
…まぁ、いいや。
でも、娘には、原作を先に読ませておきたい、と思うので、『塔の上の〜』は(同じ理由で『〜マーメイド』も)まだ見せてません。
興行的に必要ということなら、「スノーホワイト」的なタッチで「人魚姫」を一大悲劇として作り上げるというのはできませんかねぇ…。
* ちなみに、本書を含む「絵本グリムの森」シリーズを刊行していたパロル舎は、昨2011年に倒産、その後継会社であるエフ企画も本2012年3月に営業を停止したようです(よくわかりませんが)。
ただし、「ラプンツェル」は他にもいくつか書籍化され流通していますので、入手は可能なはずです。
以上。
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