
2012年4月18日(水)
さて、今回はガラッと方向性を変えまして、
読書をテーマとした
絵本です。
◎30
『ぼくのブック・ウーマン』ヘザー・ヘンソン=文 デイビッド・スモール=絵 藤原宏之=訳、2010年4月、さ・え・ら書房、本体1,400円(That Book Woman, text by Heather Henson, illustration by David Small, Pippin Properties, 2008)
<あらすじ>舞台は1930年代のアメリカ・ケンタッキー州。
主人公の少年は
カル。家族は父さんと母さん、じいちゃんとばあちゃん、3人の幼い弟たち、そして妹の
ラーク。
長男のカルは、父親を手伝って畑を耕したり、牛や羊の世話をしたりしています。
なのに、ラークときたら、暇さえあれば、鼻をくっつけるようにして、本ばかり読んでいます。
ただし、カルの家は山の高いところにあって、学校はその山を下った小川のそばにあるので、翼でもないかぎり、カルもカールも学校に通うことはできません。
* * * * *そんなある日、赤土色の勇ましい馬に乗って、ひざたけのズボンをはいた女の人が、山道を登ってやってきます。

彼女は、
荷馬図書館員(Pack Horse Librarian)、通称
ブック・ウーマン(Book Woman)です。
ブック・ウーマンは、カルの家にやってくると、カバンの中から本を取り出し、テーブルの上に並べます。
ラークは目を輝かせます。
その様子を見て、父親は言います。「
本と木イチゴを交換しよう。」
カルは心の中で叫びます。「
それは、母さんにパイを作ってもらうために、僕が摘んできたんだっ!」
しかし、ブック・ウーマンは首を振ります。
「
お金はいりません。2週間たったら、もっとたくさんの本と取り替えにくるわ。」
そして彼女は、雨の日も、霧の日も、山を登って本を届けに来ました。



やがて冬がやってきて、吹雪の中、カルたち家族が家から一歩も出られず、暖炉を囲み、体をくっつけあってじっとしていると、
トントンと窓ガラスを叩く音が…。
彼女は、家の中に冷たい風が入り込まないように、ドアの隙間から本を手渡しました。

父さん 「
今夜は泊まっていけばいい。」
ブック・ウーマン 「
この馬が、私をちゃんと家まで連れて行ってくれます。」
窓越しに、去っていく彼女の姿を眺めながら、カルは考えます。
勇気があるのは、馬だけじゃない。
乗っている人だって、そうだ。突然、カルは、どうしても知りたくなります。
彼女が、風邪をひくことも、危ない目に遭うことも恐れずに、ここにやってくる理由を。
そしてカルは、ラークのところへ行くと、一冊の本を差し出します。
なんて書いてあるのか、教えて。ラークは、笑いもしなければ、からかったりもせず、かわりに、カルの座る場所をあけてやります。

そして兄妹は、静かに本を読み始めたのでした。
やがて、長い冬が終わり、春が訪れ…(そして、ちょっと気持ちのいい、ラストシーンへ)
<感想など>こうして<あらすじ>を書いているだけで、いろんな思いが込み上げてくるのですが、この物語の前では「知に触れることの感動」だのなんだのと書くことが、あまりに野暮ったく感じられるので…やめておきます。
<David Small>そしてまた、
イラストが素晴らしい。
一見、何の変哲もないようですが、物語の中で、登場人物の心の真ん中にあるものをひっつかみ出したような、「まさに

」という絵なんです。カルやラークの「表情」しかり、馬に乗ったブック・ウーマンの「姿」しかり…。
それでついつい、いつもよりたくさんの絵を紹介してしまいました。
そう

どの絵を載せようかと悩んでいて、ハタと気づいたこと。
この絵本には、ムダな絵が1枚もなく、ムダな文章が1文字すらないっ
それに比べて、私の書く脚本には、なんとムダなギャグの多いことかっ

…いや、それは置いといて

ちなみに、この絵を描いている
デイビッド・スモールさんは「
コルデコット賞(Caldecott Medal)」(アメリカ児童図書館協会主催)を受賞している画家・作家で、この「That Book Woman」でも
クリストファー賞(Christopher Award)を受賞しているそうです。
彼の作品は、他にもいくつか日本語に翻訳されていますので、いずれまた、このコーナーでも紹介したいと思います。
興味のある方は、davidsmallbooks.com で検索してみてください(何だか畏れ多いので、リンクは貼りません)。
<出版人なら…>それから、私がこの業界に身を置いているからかもしれませんが、本書は、子どもはもちろんながら、大人にも読んでもらいたい、いや、大人こそ読むべき、いやいや、少なくとも出版人は全員が読むべきじゃないかしらん。
私たち全員が、たくさんのカルやラークたちの心を啓くブック・ウーマン(もしくはブック・マン?)だという心意気がなきゃいけないわけで、これはもう、新入社員研修かなんかで全員に読ませるべきじゃないか、ってくらいです。
<背景>最後に、社会的背景も少しだけ。
1930年代と言えば大恐慌時代、F. ルーズベルト大統領による
ニューディール政策が行われている頃です。
本書に登場するブック・ウーマンも、同大統領の「
雇用促進事業計画」の一環として行われた「
荷馬図書館計画(Pack Horse Library Project)」によって雇用された人たちで、学校や図書館のない地域に本を届けるという文化振興目的と同時に、(多くは)女性に仕事(=収入)を与えようという労働政策としての目的を持って実施されたものです。
彼女たちは、これによって(おそらく薄給だったでしょうが)収入を得ることができたわけですが、しかしそれだけではなく、この物語からは、彼女たちの使命感や誇りが伝わってきます。
<脱線>で

(さっき、最後って言ったのに)思い出すのが、旧ブログでも紹介しました映画「
クレイドル・ウィル・ロック(Cradle Will Rock)」。
この背景にあるのも、大恐慌下で失業した舞台関係者たちの救済であると同時に(けっこうリベラルな)文化振興運動としての側面も持っていた
フェデラル・シアター・プロジェクト(FTP)でした。
作品中では、クライマックス直前のシーン、FTPが共産主義的であると非難され、劇場閉鎖に追い込まれたプロジェクト責任者のハリー・フラナガン(Hallie Flanagan)女史とそのスタッフが、静かに語り合います。
* * * * *Staff: Well, the plays are written. They're here forever.
Flanagan: Oh, I hope they are.
Federal Theater is going to end.
But theater is going to be better off.
We've launched a ship, a grand and glorious ship.
(
スタッフ:芝居は文字になり、永遠に残りますよ。
フラナガン:ええ、そう願うわ。
フェデラル・シアターは終わるけど、演劇はさらに発展していく。
私たちは船を送り出したの、大きくて輝かしい船をね。)
そのシーンを思い出すにつけ、名もなきブック・ウーマンたち(
Book Women)もまた、大きくて輝かしい船を送り出したんじゃないかなぁ、なんて思うわけです、私は。
(ちなみに作品中、彼女の名前は出ません。それどころか、顔すら(ほとんど)描かれません。これは、明らかに意図してそのように描かれていて、まさに「
名もなき」人々なのです。)
いや、長くなりました